下町・十三で働く風俗嬢

大衆居酒屋・風俗店・キャバレーなどが軒を連ねる、大阪の下町歓楽街である十三。そこの定食屋の娘として生まれ育った私ヨシエ(仮)・35歳。中学3年のときに車の事故で両親が他界し、卒業後大衆居酒屋で働いていました。その居酒屋が潰れて地域のボロアパートで一人暮らしを始めた私は、とにかくお金を稼がなければと他の大衆居酒屋で働き始めます。以前の居酒屋で接客・会計・料理と鍛えられていた私は、そつなく仕事をこなすことができました。しかし大衆居酒屋は小さい敷地で家族経営というところが多く、居酒屋チェーン店が増えてきたこともありどこもあまり経営状況は良くありません。それに中学卒業の学歴しか持っていない私の給与はそれほど高い金額ではないのです。若かったこともありお店の看板娘と言われていましたが、だからといって給与に反映される訳ではなく常に「これで生きていけるのだろうか?」という不安と戦っていたと思います。

11092

そんなある日歓楽街を歩いているとある風俗店の人材募集チラシを発見しました。今まで「汚い仕事」と思い風俗を敬遠してきた私ですが、給与を見ると大衆居酒屋数ヶ月分を短期間で稼げることが分かります。気は進まないながらも私はそのチラシのあった店に行き、話だけ聞いてみることにしたのです。すると出てきたのはサングラスをしたちょっと怖い感じのおじちゃん。彼は私を見るなりちょっと驚いた顔をし「お姉ちゃん。あの定食屋の娘さんかいな。ワイは大将と女将さんにはえらい世話になってのう。それから常連として顔を出しておったんやで」。どうやらおじちゃんは実家の定食屋に通っていて、両親や私のことも知っていたみたいです。「仕事もお金もなくて食べるものに困って街をさまよっていたとき、声をかけてくれたのが女将さんやった。事情を聞いた大将が『これでも食べ』と無料で魚定食を振舞ってくれたんや。涙を流しながら食べたあの味は一生忘れへんと思う」。そう涙ぐみながら話をするおじちゃんの話を誇らしく聞く私。結局おじちゃんはそんな関係を持っていた私を採用してくれてその風俗店で働くことになりました。

風俗店は夜がメインであるため生活リズムは大衆居酒屋とあまり変わりません。早朝まで働いて午後まで寝て、夕方くらいに目を覚ましその後軽くご飯を食べ風俗店に出勤する。ただ居酒屋と違うのは私が裸になって、お客さんに対してサービスを行うこと。風俗店と言っても本番のあるソープなどではなく店舗型のヘルス店でした。居酒屋で鍛えた接客力とおじちゃんやお姉さんに教えてもらった風俗のテクニック、それに大衆居酒屋の看板娘であり実家の定食屋の娘ということで来てくれるお客さんも増えてきました。ただそのためお客さんの年齢層は高く、中にはお酒を飲むだけの人や話をするだけで帰って行くような人もいました。そんな状況だったため私自身働きやすかったですし、オーナーであるおじちゃんにも良くしてもらったため長く続けることができたのです。

その風俗店でただひたすら働き続けた私は、誰とも付き合うことも結婚することもなく31歳を迎えていました。その間にお客さんや店のスタッフなどから声をかけられたこともありましたが、風俗の仕事が楽しかった私はその話を断り続けてきたのです。ただ30代を越えると若い女の子専門というその店で働くのが厳しくなり、同じ地域にある熟女系デリヘルに入店しました。私は結局大好きな十三という街で、そこに住んでいる人や訪れる人のために今も働いています。そんな私にあるのは今までの人生経験と、ある程度貯めた貯金くらい。でも良いことも悪いことも体験した、大好きな十三を見つめ続けるというのはなかなか楽しいものです。

広島の風俗求人を発見

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です